デイヴィッド・ルイスの謎の論証

以前、某大学の勉強会で話題となり、その後K氏が我々の読書会でも紹介してくれた話で、先日の忘年会の際に話題になったのですが。一応不完全性定理つながりということで、ご紹介いたします。

様相に可能世界以外の解釈はありうるのか

デイヴィッド・ルイスの「反事実的条件法」の第4章1節、必然性概念を可能世界に還元することの是非を問う大切な箇所です。ご存知のように、様相論理の可能世界意味論では、「ある文Pが必然的であるとは、全ての可能世界でPが真であることである」と、必然性を可能世界に還元します。例えば、「ニクソンは人間である」は必然的ですが、しかしニクソンが男であったことは必然ではないかもしれず、つまりその場合はニクソンがそこでは女であったようなある可能世界が存在する、という主張になります。で、問題は、その「可能世界」って何よ、どこにあるんだそんなもの、ということです。デイヴッド・ルイスは、そういう世界が本当に「実在する」と主張したので、多くの哲学者から激しい攻撃を受けました。
では、そういう可能世界以外の方法で、必然性概念を別の概念に還元することはできるのでしょうか。そこで登場するのが、「分析性」というか、論理的帰結関係です。つまり、ある体系Tから文Pが証明されるなら、PはTで必然である、と見なします。同様に、文SがTで可能であるとは、Tが¬Sを証明しないこと(つまりT+Sが矛盾を導かないこと:言い換えれば T+S のモデルが存在すること)と見なします。ルイスの言葉を借りると

我々は様相に関する様相を、「『可能にφ』はφが無矛盾的な文であることを意味する」のように無矛盾性の点から分析可能なメタ言語的述語と見なすかもしれない。(邦訳 p.138)

ということです。このやり方は、実は必然性に関する王道的な解釈法であり、カルナップなどの例もあります。クワイン以降、分析性概念は非常に疑問視がつくものとなりましたが、決してこのやり方が決定的に反駁されている訳ではありません。そして、ルイスとしては、(異論の多い自分の様相実在論を正当化するためにも)ライバル候補の「分析性」方式を排除する必要があります。

謎の論証

では、ルイスはこの論理的帰結関係による解釈にどう反論するのか?原文を箇条書きにして下に引用させていただきます。

しかし、無矛盾性とは何であるのか?

  1. 無矛盾な文が真であり得た文、または必然的に偽であることがない文である場合、その理論は循環している。もちろん、その循環を隠す際には私がやったよりも巧みに行うことができる。
  2. 無矛盾な文がその否定が特定された演繹的体系の定理でない文である場合、その理論は循環しているのではなく、むしろ間違っている。つまり(訳者注:ゲーデル不完全性定理を意味論的に解釈した場合)算術に関する全ての偽は可能に真ではないが、しかし読者が特定したいどんな演繹的体系についても、その定理の中には算術に関する偽が存在するか、またはその否定がその定理の中にはない算術に関する偽が存在するとなる。
  3. (後略)

問題は2.です。ここでの「無矛盾な文」とは、その文の否定が演繹的体系から証明できない文だと考えます。とりあえず算術の演繹的体系としてPAを考えましょう。ある無矛盾な文がPAから証明できる場合は何の問題もありません。問題は、ゲーデル文GやCon(PA)のような、その文の肯定も否定もPAの定理として証明できないケースで、訳注にもある通り、不完全性定理の示す事態を指すものと思われます。
この場合、「必然性/可能性」は、全く別種の「証明可能性」に還元されており、循環はしていません。この解釈では、Con(PA)は「PAにおいて可能である」といえます。ここまではいい。で、ルイスは、そういうPAに関して、「むしろ間違っている」という訳です。そしてその理由ですが、全く理解できません。

  • 今まで(構文論、もしくは間モデル的な性質である)証明可能性の話をしていたのに、なんで急に「真/偽」というモデル相対的な概念が飛び出してくるのか
  • 百歩譲って、モデル論的にアプローチしていると考え、PAの特定のモデル M の中で話をしているとしよう。
    • MにおいてPAの「定理の中には算術に関する偽が存在する」(PAの定理で、Mで偽なものが存在する)場合は、たしかにPAが間違っていると言ってもいいかもしれない。
    • しかし、そうでない場合、例えば Con(PA) が M で真だと仮定した場合に、Mでは ¬Con(PA) は偽だが、「その否定がPAの定理の中にはない」(Con(PA)はMで真だがPAの定理ではない)。たしかにその通りだが、これこそ不完全性定理の帰結であり、そのどこが問題なんだろうか。

可能な解釈その一:ルイスがアホだった場合

このルイス=アホ説は、ある意味、一番楽です。要は、「不完全性定理について誤解していました」ということになるのでしょうか。でも、これはつまらない結論だし、そうである場合は論じる価値もない単なるミスということになります。

可能な解釈その2:ルイスの様相論理体系のメタ理論が非常に強力であった場合

不完全性定理は、帰納的公理化可能な自然数論を含む体系に適用されます。ルイスは、目指す演繹的体系が不完全性をもってはいけないと言っている訳ですから、そのままとれば、必然性を扱うメタ理論となるべき目指す演繹体系は、帰納的公理化不可能な理論であるべきだ、と考えているのではないか、とも考えられます。
彼のメタ理論は、多くの可能世界(それも「ユニコーンが存在する世界」「911事件が起こらなかった世界」のような複雑な物理的対象)を扱うことができなければなりません。従って、PAやZFよりも複雑で強力なメタ理論を要請するのかもしれません。
実際、ルイスは様相実在論のメタ理論としてメレオロジーの体系を使用していますが、K氏から聞いた話では、その体系内で、ZFの宇宙を部分モデルとして構成できることを証明した、とルイスは主張しているとか。かなり強力なメタ理論を要請しているようです。
この説の問題点は、あまりに文章上の証拠が少ないことで、単なる妄想ではないかとも思えます。少なくとも、もしもこう考えているとすると、そのことをちゃんと文章で説明する必要があるでしょう。

(1月4日追記)

無矛盾性と可能性の関係について、意図を忠実に反映していない文があったので、一部を修正いたしました。