ラッセルのパラドックス:傾向と対策 (3.2.2) : ウカシェーヴィチ3値論理・・・失敗例

さて次には、元祖3値論理である Lukasiewicz 3値論理では、ラッセル・パラドックスは解決できるものの、Moh Shaw-Kwei のパラドックスを導いてしまうことをご紹介しましょう。

ウカシェーヴィチ3値論理とは

数ある多値論理の中で、歴史的に一番古いのがポーランドのウカシェーヴィチによる3値論理で、1920年ごろに発表されました。ウカシェーヴィチは、3値論理をアリストテレスの論理学の分析として導入しました。つまり、アリストテレスの体系では 彼の体系は、

  1. 真理値は真理関数的に決定され、
  2. A→Aは必ず真であり、
  3. 「明日ここで海戦が行われる」という未来についての文には真偽どちらも値を割り振ることはできない、と主張している*1

ウカシェーヴィチはそういう真偽の決まらない状態を3値めの真理値とおき、真理関数的でA→Aは必ず真となる体系を考えました。本人はこれを外延的な様相論理の一種として考えていたそうです*2。時々、ウカシェーヴィチは「ラッセル・パラドックスを回避するために3値論理を考案した」と言われることもありますが、それは多分間違いで、そういっている箇所を発見することはできませんでした。

真理値の決め方

面倒なので今後ウカシェーヴィチ3値論理を L3 と書きます。そのモデルを定める真理関数 v(x) は、以下のような条件を満たすものとして定義します。

  1. これは真理値として 真(1)、偽(0)、不定(0.5)の三つを持ちます。
  2. 論理結合子に関して、以下の二つの例を紹介しましょう。v(A)を、論理式Aの真理値を定める付値とします。このとき
    1. 否定 ¬ に関して: v(¬A)=1-v(A)
    2. A→Bに関して: v(A→B)=min{1, 1-v(A)+v(B)}

となります。述語論理に関しては、古典論理と同じく上界をとります。真理値が 0,1 のみの式に関しては、古典論理と全く同じ値になります。

ラッセル・パラドックスは解決したように見えるけど・・・

さて、L3値論理上包括原理を持つ集合論を考えましょう。この集合論は、ラッセル・パラドックスに関して

  1. R∈R の真理値は 0.5
  2. もちろん ¬(R∈R) の真理値も 0.5
  3. 従ってラッセル・パラドックスの推論 R∈R→¬(R∈R) の推論は真理値 1 を持つ

という結論を導出します。クリーネ3値論理と同様に、L3でもラッセル・パラドックスは R∈R の真理値が 0 でも 1 でもないことを証明するだけで、決して矛盾の導出をしていないと考えられるように思えます。

しかし新たなパラドックスが・・・

しかし、問題が出てくるのはこれからです。{0, 0.5, 1} は、関数 y=1-x に関しては不動点を持ちますが、「ならば」→ を表現する z=1-x+y に関しては不動点を持ちません。という訳で、ラッセル・パラドックスの親戚というべき、以下のパラドックスを導出することができます。

莫少揆 (Moh Shaw-Kwei)のパラドックス(3値論理版)
L3+包括原理は矛盾を導く

証明:以下の集合 R3を考える。
  R3={x: x∈x→¬(x∈x)}
さて、包括原理から
  R3∈R3 ⇔ [R3∈R3→¬(R3∈R3)]
が言える。ところで

  • R3∈R3の真理値を考えると、真理値が0もしくは1と考えると矛盾が出るのはラッセル・パラドックスと同じ。
  • R3∈R3の真理値を0.5だと考え、右辺に代入すると、v(R3∈R3→¬(R3∈R3))=1 となり、0.5=1 となってしまい、矛盾する。

つまり、v(R3∈R3)=r とすると、r=1-r+(1-r)、つまり r=2/3 となる必要があります。ところが、L3は真理値を3つ(0, 0.5, 1)しか持たないため、文 R3∈R3→¬(R3∈R3) に真理値を割り振ることができないということになります。(証明終了)

クリーネ3値論理の場合、→に関しても i は不動点だったので(i→i=i)、このパラドックスは導出できません。A→Aが恒真であるとするために、新たなパラドックスを背負い込んでしまった訳です。

任意の有限値ウカシェーヴィチ論理では・・・

ではL3をL4に拡張してみては?しかし、上記の証明法を少し改良するだけで、同様に矛盾を導出できます。

莫少揆(Moh Shaw-Kwei)のパラドックス(有限値論理版)
任意の自然数 n に関して、Ln+包括原理は矛盾を導く

証明:例えば n=4 の場合は、
  R4={x: x∈x→(x∈x→¬(x∈x))}
を使えば、全く同様に矛盾が導出される。(証明終了)

ちなみに彼のこの議論は、1954年にJSLに掲載されました。彼に関しては、詳しくはこちらをご覧ください。

スコーレムの提唱

さて、上記の議論は、真理値が有限の場合、→を使ってそれ以外の真理値をとる文を作ることができる、という点がポイントです。

  • 莫少揆の疑問:では、真理値が無限個ある場合(可算個=[0,1]区間有理数全体、とか実数個=[0,1]区間の実数全体)はどうなのか?

さて、述語論理を考えると、∀xP(x) の真理値は通常 v(∀xP(x))=inf{v(a): a∈M} (ただし M はモデルのドメイン)と、下界をとります。つまり述語論理の真理値は完備である必要があり、可算個([0,1]区間有理数全体、とか)ではちょっとつらいだろう、と思われます。というわけで、スコーレムは1950年代に、以下のような提唱をしています。

(スコーレムの提唱)
ウカシェーヴィチ無限値述語論理 ∀L +包括原理は無矛盾である。

ちなみに、[0,1]区間の実数全体を真理値とする、ウカシェーヴィチ無限値述語論理を ∀L と表記しています。

次回は、

さて、 ∀L +包括原理の整合性についての話は次回ご紹介いたします。次回更新の時期は・・・気長にお待ちください。
また、ご意見・ご感想・反論・間違いの指摘がいただければ幸いです。

*1:アリストテレス研究者の間では異論が多いと聞きましたが

*2:中央公論社「哲学の歴史」11巻の加地大介氏の「両大戦間のポーランドにおける論理学と哲学」による。