"Truth and Proof: The Platonism of Mathematics" (W.W. Tait)
以前 Ak 君から薦められた論文。長らくツンドク状態だったが、今度の国際会議の要旨の書き直しに参考になるかと思い、読み始めてみた。いや、非常に面白い論文で、もっと早く読むべきだったと反省しています。唯一の問題は、国際会議の発表の参考にはまったくなりそうにない点ですが、今更やめられない止まらない。
Tait の定式化によるところのプラトニストは、例えば算術の場合、ある算術の命題は、自然数についてのある構造のなかで、われわれが知っている・知らないに関わらず、何らかの特質によって真である、と考えます。しかし、我々が命題が真であると正当化できるのはその証明を持っているときのみだけです。従って、数学的命題の証明はその真理性とどう関係するのかについての "Truth/Proof problem" は、非常に重要な問題です。
通常、プラトニストに反対する人たちは、我々は自然数論のような数学的構造(自然数論の標準モデルそのもののようなものを想定しているようです)に関する直接的な理解を持たないため、数学的真理概念は問題があると主張します。特にベナセラフのように、我々は数学的対象を見ることが出来ず、つまり数学的構造と因果的な関係を持たないことをその理由としてあげる場合もあります。従って、数学的構造についてよくわからないため、証明がその構造について適用されるという保証はなく、証明もその命題の(特定の数学的構造の中での)真理性を保証することも出来ない。だから、証明が命題の正当化をするとすれば、その命題は特定の数学的構造についてのものではない、ということになります。極端な場合、我々は自然数を有意味に指示することも出来ない(なぜなら対象を指示する際には因果的な関連が必要だからだ)という議論さえあります。という訳で、多くの哲学者は、特定の数学的構造や数学的対象への指示を除去して、数学的命題に関する意味の理論を構築しようとしています。
驚くべきことに、Taitはその議論に反対します。もちろん、彼は伝統的なプラトニズムを擁護するのではありません。Truth/Proof problemに基づく反プラトニストの非難は誤解に基づくものであり、誤解から解放されたプラトニズムは "Truism" として再登場可能である、と主張します。
(後で追加します)