「満州事変から日中戦争へ」加藤陽子

岩波新書・シリーズ日本近現代史第5巻。日中戦争を扱う新書の場合、大抵は「あの戦争は止められなかったのか」といった問題意識から出発するが、そういう視点では見えてこないことも多い。この本は、専門誌の中立的スタイルで書かれ、新しい視点を提供する。内容は非常に面白いが、この硬い文体が新書に相応しいのか疑問に思わなくもない。
昭和初期、軍部は国防思想普及運動などで世論の満州事変への支持を集めようとしたが、そのときの軍の真の目的(ソ連に対抗するため、東北地方北部を日本の勢力圏にする)と、世論への宣伝(「条約を守らない」中国、日本製品をボイコットする中国を誅する:この結果、世論は「復仇」を唱えるようになる)の間には大きなズレがあった。この構造は日中戦争でも保存され、陸軍は主力部隊をソ連に対する備えとして東北においたまま、練度の低い後備兵主体の部隊で中国軍主力が待ちかまえる南京攻撃を行い、激しい戦闘に投入された二線級部隊では急速に軍紀が悪化、彼らにとって「形成挽回後の中国戦線が報償・復仇の場に転ずるのは、自然な流れであっただろう」(p236)。そして日中戦争の悲惨な実態が知られていくにつれて、このズレも国民に認識されていくことになる(斉藤隆夫の「反軍演説」に対する世論の支持とか)。そのズレを覆い隠すべく、近衛政権は「東亜新秩序」を訴えていく・・・。鋭い指摘。