「何が社会的に構成されるのか」(イアン・ハッキング)

昨年大晦日に新宿で購入。素晴らしく面白い。原著は8章だが5章までの部分訳。しかしそれでも本文339ページのボリュームがあり、全訳で出版できなかったのもしょうがないのかもしれない。
個人的には、第3章の科学における社会構成主義の章が一番興味深かったです。ハッキングは、サイエンス・ウォーズにおける主要な係争点を整理して、以下の三つをあげている。

  1. 不可避主義 v.s. 偶然性:例えば熱力学の第二法則に関して、どのような定式化をおこなっても物理学はこの法則(もしくはその論理的に同値な代替物)を含むことが不可避であるのか、それともこの法則を含む道筋をたどる必然性はなくこの法則を含む形で物理学が定式化されたのは偶然に過ぎないのか。
  2. 構造内在主義 v.s. 唯名論:自然は構造を持ち物理法則はその構造を表現しているのか、それとも世界の真のあり方は我々の想像を超えていて物理学の概念は我々の世界像の中でのみ成立するものに過ぎないのか。
  3. 合理主義 v.s. 経験論:科学的信念の安定化プロセスの説明は科学それ自身に内在的なものとなるのか、それとも部分的にはその科学の公式な内容に含まれない何らかの外在的(社会的・文化的)要素によって説明しなければならないのか。

偶然・唯名論・経験論なのが社会構成主義、不可避主義・構造内在主義・合理主義をとるのが一般的な科学擁護論。こう要約されれば、社会構成主義的な科学論も、少なくとも考慮に値するものだとは思える。私はソーカル事件以後の世代に属し、お恥ずかしい話だが科学における社会構成主義についていろいろ先入観があったのだが、これを読んでそういう考え方が多少は理解可能なものとはなった(賛成は出来ないけれど)。
ちなみにp222で「構築主義チェックリスト」というものがあった。上の三点で、構築主義の立場に熱烈に賛成するなら5、全く反対なら1と、5段階評価である。ハッキング自身のスコアは2-4-3だそうだ。で、どうでもいいけれど私は3-1-2・・・どちらにしろ中途半端な数字だ。
後もう一つの要素としてハッキングがあげている「科学者の権威 v.s 反権威主義」の問題について。サイエンス・ウォーズがここまでポピュラーになったのは、やはりこの要素が大きかったのだろう。もちろん自慢出来ない動機であっても主張が正しければそれでいいのだが、一方で科学擁護派も自分たちの態度が余計な反発を招いていることも肝に銘じるべきなのだろう。「善意」の科学者とそれに対する感情的反発という構図は、エセ科学に関する多くの場面で見ることが出来る。
他には、分類に関する第5章の議論でGoodmanを高く評価している所や、逆に随所に見られるQuineへの低い評価などが興味深かったです。またp265からの話は意味論の研究者の端くれとして、留意しないといけないように思えます。訳は、とても読みやすいですが、ただ項目・人名索引をつけて欲しかったです、はい。